その日、2021年10月3日、日曜日、オーストリアは一日中、天気が良かった。
良かった、とっても良かった。
オーストリアはオーバーエストライヒ州の北部へと車で一時間強、久しぶりにドライブした。
初めての場所へとナビを使ってのドライブであったが、
目的地へと近づくに従って、ナビがナビらしくなってしまったナビ。
ありもしない道へとここから200メートル先で左折せよ、とかアナウンスを繰り返してくる。
そんな道は前方どこにも見えない。でも、左折せよ、としつこい。左折せよ!
うるさい!黙れ! とは叫ばなかったが、アナウンスを無視して直進。
ナビは100%信じては危ないと判明、認識を新たにした。どうしてこんなことが起こるのだろうか。
天上の人工衛星たちが地上の我が車の居所を正確に突き止められなくなってしまったのだろうか。
* *
Wanderung の前に食事をするということ、つまり昼食を取るのは余り好まない、なぜなら血液循環のため食後眠たくなる、でも仕方がない。この機会を逃したら腹を空かしながら2時間半ほど歩き続けることになってしまう。
今日、日曜日、その地では唯一オープンしているというレストランにまずは寄って行く。
レストラン前の無料j駐車場には結構な数の車が既に肩を並べていた。
ここで昼食を取るという地元の人たちだけでなく、この近辺をWanderungするために色々なところからやってきた車も見える。
ナンバープレートを見ながらそう思っていた。
ここは無料駐車場というサインが立て掛けてあったが、ドイツ語だけではなく、フランス語やらイタリア語、そしてもう一つは知らない言葉で「歓迎!」と記されていた。
レストランの前の庭には木陰もたくさんある、そしてテーブルも椅子もたくさん出ている。
空いているテーブルに腰掛けようとしたらウェイトレスさんにここは予約済みですと告げられてしまった。
よくよく見れば、予約済カードがそれとなくテーブルには置かれていた。
予約されていないテーブル、木陰ではなく、太陽に照らされている、すぐ側の二人(または四人)用のテーブルを直ぐに見つけ腰掛けた。
ウェイトレスさんがやってきて注文取り。
まずは何を飲みますか、と聞いてきた。
私はどこのレストランへと行ったとしてもいつも水道水を注文する。
ここにだって水道水はあるに決まっている筈。
その若いウェイトレスさん、このレストラン経営者の家族に属する娘さんだろうか。
鼻の脇に小さな黒い鍵っぽいものが取り付けられている。ファッションだろうか?
まあ、それはどうでも良い事だったが。
「水は大きのですか、小さいのですか、」と聞いてきた。
「我が胃はそんなに大きくはないので、小さいのをお願いします、bitte 」と頼んだ。
娘さん、にやりたくなるのを堪えていた風であった。
次はメインの料理の注文。テーブルにはメニューは置いてなかった。
が、近くの別のテーブルには置いてあったメニューを即座に持って来てくれた。
今日、日曜日専用のメニューということだ。
一枚ピラピラの白紙にコンピュータとプリンターを使って作成したもの。
それとなく分かる。
メニューを目にする。さて、私の目は最初、何に行くのか。値段だ。
何の料理が提供されているのか、料理が先ではなく、値段が先だ、少なくとも私の場合。
上から下までリストをさあーっと目を通す。「高い!」と思わず口には出さずも思ってしまった。
そして我が奥さんには囁くような声でそれを告げた。
実はウェイトレスさんがまだ私の背後に立っていた。
注文を直ぐにも取るためだったのかもしれない。
まあ、高いものは高いのだから、と私のコメントは彼女の耳にも達したかもしれないが、関係ない、そのままメニューの研究を仔細に続けていた。
どれもこれもと安い料理が提供されているのではない。
価格を見ただけでも分かる。高めに設定されているは日を見るよりも明らか。
どれにしようか、とちょっと戸惑っていたが、メニューの中でも一番安い、羊のチーズ入りのサラダ一皿を私としては注文することに決めた。
こんな料理が10ユーロ近くもするとはちょっと、、と文句も言いたくもなるが、選択肢は実に制限されたものでしかなかった。
相撲取りが限られたリングの中で相撲を取るのとは違うが、制限されていることに変わりはなかった。
昼食を終えた。
「勘定をお願いします!」
ウェイトレスさんの気を引いた。
我々二人合わせて全部でどのくらいになるだろうか。
私はおおよそ30ユーロになるのではなかろうかと予測してみた。
各テーブルで食事した人たちに自己申告させるような形で料理の名前やらドリンクの名前やらを伝える。
ウェイトレスさんはスマートフォンを手にしながら、入力しながら、最終的に合計金額を算出させる。
全部で何々です、と我が奥さんに伝えた。
私はいつも財布は持たないことにしている。支払いは我が奥さんの受け持ち。
私の役目はメニューの中から料理を選ぶこと。ドリンクは選ばない。
私のドリンクはメニューには載っていないのが普通、載っていないから注文出来ないという訳ではないので、試しに尋ねてみる。
私の関心は注文した水道水、グラス一杯に対しても今回、料金を請求してくるのかどうなのか、
そんな賭けを自分に仕掛けている。そして自分の勘でその答えを出している。
全部で29ユーロです、と告げられた。
50ユーロ札を出して30ユーロと我が奥さんは伝えた。
20ユーロ札が一枚戻された。
ウェイトレスさんが行ってしまった後で私はコメントした。
どうして30ユーロなのか!?
29ユーロだと教えてくれただろう。
30ユーロで切りが良いとか何とかい言い訳みたいなことを口にしたが、チップだとしてもチップは今回に限っては出す必要もなかったのでないの? それぞれの料理の価格にはいわばチップも込められているんだよ! と私はちょっとゲスの知恵を披露した。そういえばそうね、と後の祭り。
* *
ペラペラ・メニューを改めてつらつらと眺め返して見たら、メニューのトップに堂々と断り書きしてあった。
日曜日にウェイトレスさんたちに働いて貰うためにはそれなりの給金を支払わなければならないので、今日の料理は15パーセント上乗せされています、と文言が特別に刷り込まれていた。
食事客たちに負担して貰うのは当然なり、ということなのかもしれない。
* *
食事を終えた後は何をするのか。もうこのレストランには用がないので、と思ったが、ここを去る前に実は用があった。トイレは無料で使わしてくれる。まあ、どこのレストランでもトイレは無料だというのが常識だ。いや、どこかで読んだことがあった。レストラン客はトイレを無料で利用できるようにしなければならない、と法律かそれともある規律が制定されているそうな。初めてこれを読んだ時は目からウロコが取れる思いをしたことがある。
* *
レストランの脇、背後にWanderung 用の道が始まる様になっていた。食後の歩き、食後の消化のための歩きとでも言えようか。ゆっくりと歩き始めた。どのような風景が展開するのか、まだ一度も歩いたことのない道を道路指標に従って行く。
しばらく二人して歩いていたら、反対方向からこちらに向かって歩いてくる人の姿が遠くに現れた。この同じWanderung 路を我々とは反対方向を選んだのだ。方向を違えたとしては結局は元の出発点へと戻っ来るようなルートになっている。
年配の女性が一人で我々の前に具体的に姿を見せるようになった。我々は相変わらず同じテンポでゆっくりと進んでゆく。その女性の後方にやはり年配の男性が一人で歩いているのが見えてきた。
年配の女性が我々の方に近づきつつ、そのまま通過してゆこうとしているのを私は捉えて声を掛けてみた。
遥か後ろの方の男性を目で示唆するように。
”Vergessen?”
私の言っていることが聞き取れたのだろうか。
そうらしい。
その女性は後ろを振り返って答えた。
「ああ、あたしの亭主!」と。
"Nicht vergessen!"
ご亭主は置いてきぼりにされたかのように後ろの方でとぼとぼと歩いているようだ。
奥さんは一人で先へとさっさと歩いている。
どうして一緒に歩いていないのだろう?
* *
我々二人は道中、一緒に歩き続けた。
途中で指標の読みを間違えて遠回りをしてしまった。
出発点へと戻る道を辿っていると思い込んでいただけだった。
ハンディーを取り出し、Google Maps で現在地を確認しようとしたが、上手く行かなかった。
たまたまこの近辺に住んでいると思われる年配のカップルが汗を掻きながらフィットネスのためかWanderung をしている途中のようだった。
我々のいる直ぐ近くの道を通過しようとしているので話し掛けた。
我々がそもそも取る道筋を教えてくれた。
我々は救われた。
わたしは疲れてしまった。