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    ちょっと変なドイツ語お断り書きを目っけた


    (私からのお断り:結構長い記事になっております。
    お時間のある時に読んでいただければ幸いです)



    門前「ドイツ語お断り書き」をたまたま発見!

    歩行中、というかジョギングコースに向かう途中の道路に沿って歩いていたのです。
    道路の片側は築年数が長い家屋が並んでいます。
    そして道路を挟んで右側沿いには今は新築家屋が軒を並べています。
    似たような造りでありながらも、それぞれ個性的な建築物に仕上げてあるようです。
    一軒一軒を吟味、評価するかのように、観察しながら歩いていました。

    皆さん、お金持ちなんだろうなあ、以前ここを通り掛かった時には
    何にもなかった野原だった所に一戸建ての二階家が次から次と建っている。
    歩きながら感想を抱いていました。

    もちろんどのお宅の背後には大きなお庭があるに違いない。
    眩いばかりの緑の芝生が生えている、大きな木が植えてある、
    木が作る日陰の下ではデッキ・チェアにのんびりと寝転がって
    午後の昼寝を何者にも邪魔されずに満喫している中堅家主かもしれない、
    新築家屋に満足しているのだろう。
    手の届く直ぐ側にはガーデンテーブルがあって
    喉を乾きをすぐにでも癒やしてくれる清涼飲料水が入った水差しが
    ご主人の手が伸びてくるのを待っているかのようだ。

    大きなお庭にはプールが見出されるお宅もあることだろう。
    子どもたちが歓声を上げながら水遊びに熱中している。

    もちろんどのお宅もガラージ付、
    つまりどのお宅も少なくとも一台の車は標準として所有している。
    二、三台が同時に駐車しているお宅もある。皆さん、お金持ちなんだろうなあ。


    近所を散歩中にたまたま通り掛かった新築のあるお宅の前、
    その門に取り付けられていました。

    このお宅は何か大きな厄介な問題でも抱えているのだろうか。
    見ず知らずの、まだ会ったこともない人の問題に対して
    鼻を突っ込むようなことはしないが、
    永遠のドイツ語学習者としては目を離すことが出来ない。
    関心あるところには未知あり。

    その時記憶に残せる機器を持参していなかった。悔やんだ。
    スマートフォンのことではありませんが。
    尤もそうした機器等を身に着けながらジョッギングしている人たちを
    良く見ますが。ジョギング中も誰かからの連絡を受け取ることが出来る
    ようにしているのでしょう。

    そう、その新築家屋の一つの門前を通り掛かった、その時でした。
    おや、これは何だろうか、カラフルな、つい立ち止まってしまった。
    見慣れないものを見てしまった。新築家屋とこのカラフルなイラスト風な
    ドイツ語がポツンと展示されているかのようでした。

    後日、もう一度そのお宅の前へと歩を進めていきました。
    今度はちゃんとデジカメを持参。



          *   *

    我が家からそんなに遠くはない区画では新築の家屋が次から次と出現しています。
    今まで畑だったところが宅地に変わった。
    今でも相変わらず周辺地域では新築ブームが続いています。

    新居に入った人たちは毎日のように?色々な人たちの突撃訪問の応対に苦悶しているのでしょうか。
    それぞれのお宅を訪ねてインタビューを申し込んだわけでもありませんので詳細は不明です。
    インタビューはお断りとは記載されてはいなかったのですが。

    当地オーストリアではお医者さんの診察を受けるために普通、
    まずは予約の手順を取ってからですね。

    普通のお宅を訪れるにも予約が必要なのでしょうか。
    そんなことはないと何の予約もなしに訪れる人たちが絶えないのでしょうか。

    お宅を訪問するにも予約なし、いわゆる飛び込み。
    誰がやってくるかは事前には分かりません。

    暑いから昼の昼寝を取ろう、または取っているとやって来る、
    な〜んていう無礼なことはしないでしょうが、
    それは実際に起こってみないとわかりません。

    起きている時、しかも在宅中を見計らって人はやってくる。
    実際には在宅中かどうかはそう簡単には分かりません。
    呼び鈴またはブザーを一度、二度と押して出てくるか、出てこないか、
    出てこなければ、留守なのだろうと普通は考えます。
    が、居留守をするお宅だって無きにしも有らずです。

    とにかく、何の予約もなしに訪れてくる人も結構多いらしい。
    新築住居に住んでいる人たちにはいろいろなニーズが必要と見て取っているのでしょう。

    でも何度か応対しているうちに突然の訪問客の素性を
    カテゴリー別に分類出来てしまうようなのです。
    どんな人たちがやって来るのでしょう。
         *   *

    何をかを売りに来る人でしょうか。
    我が家では何をかを売りに来る人にはまだお目に掛かったことがありませんが。

    何かを欲しがる人が以前、毎週末よくやって来ていました。
    噂によるといわゆる廃品回収のために、
    お隣の国ハンガリーからわざわざ大型バンを運転してやって来ているとか。

    訪れる予定日の二三日まえにポストの中にギシギシに印刷したちいさんなチラシを投函して回る。
    当日には戦利品が道路沿い、門前に置いてあることを期待して戻って来るのでしょう。
    何もないことが分かると、ブザーを押して家人を呼び出す。
    何かないのですか?

    定期的に何度となくやって来ていた。
    次第に毎度の応対が面倒臭なってきて、
    わたしは何もないと言ったらない! と告げて追い返していました。


             *  *

    何らかの寄付を求めてくる人もいるのでしょうか。

    金銭的な寄付を求めてくる人は確かに我が家にも時々、
    忘れていたと思っていたらやって来ますね。

    地元の消防団の団員が寄付獲得リストを脇に抱えながら、
    そしてリストを見せながら寄付して下さい、
    と怖じけることなくまるで当然の如く言ってきますね。

    古い衣服類は近所の通り沿いに設置してあるコンテナに入れる、
    つまりこちらから意識的に寄付することもありますが。


            *  *

    宗教勧誘の二人組の男性やら女性やらが時々、我が家の戸口にもやって来ますね。
    ”狂った?”人たちではありません。感じが良いですね。
    控えめながらも良く喋りますね。


    我が家でも予約なしの突然の訪問客はお断りというわけではありません。
    ただ時間を取られるというのか、奪われるというのか、
    その間、もちろん何もすることができません、
    つまり家事のことですが。

    わたし自身はは時々の主夫でもありますので、家事に汗を流します。
    洗濯は洗濯機に任せていますし、食器洗いは食洗機に任せてあります、
    でも部屋の掃除は掃除機に任せおくことはできませんので、
    わたしとしては一緒に協働しながらの掃除に家の中全部の部屋を
    一時間強掛かって床の掃除を週に一二回、

    掃除中に、またはいつものように定期的に掃除を始めようかとしていたら、
    突然の訪問者が現れた。

    何ですか? 何かあるのですか?
    ちょっとお時間を取って貰えますか?
    ええ、良いですよ、とつい口から出てきてしまったものを取り消すことも出来ず、
    一時間弱ほど付き合ったことがありました。

    ある年、モルモン教の二人連れが一二度我が家にやって来ました。
    招じ入れて居間でしばらく談笑しました。

    私自身としてはこの二人のアメリカ青年が若くしてドイツ語をどうやって繰れるように
    なったのか関心がありました。が、話題は別のことに終始して聞きそびれてしまいました。

    ものみの塔の人たちも不定期的ながら(それとも定期的?)に一軒一軒抜かりなく
    訪問しているかのようです。

    なんですか? なにかあるのですか? 
    と聞かなくても訪問の究極的な目的はもう分かっています。

    庭のドアーを挟んでしばらくは立ち話。
    家の中までに招じ入れる必要性、緊急性は感じません。
    世間話にちょっとだけ花を咲かせる。
    アレルギー体質のわたしは時々鼻を噛みます。

    ものみの塔の人たちの、最近の伝道方法はIT時代を反映してか、進歩が見られたようでした。
    以前だったら独自の、紙の聖書を持ち歩いていたのでした。

    最近は、やって来た二人の若い青年はタブレットを持参、
    その中には紙の聖書が全部デジタル化された形で収まっているようです。
    聖書とタブレット、タブレットの重量の方が軽いでしょうね。
    重たい聖書の入ったカバンを片手に家庭訪問するということもなくなったようです。

    お年を召した女性二人づれも根気よく一軒一軒と隈無く通りに沿って家庭訪問、
    または飛び込み訪問を企てていましたね。

    宗教に関心ありますでしょう?
    関心がないと言ったらウソになる。
    関心がないというわけではない。
    たまたまその訪問時に限って時間がない、と言えばウソになるだろうか。

    オーストリアは大多数がカトリック教を信じていると言われますが、
    現状はどうなんでしょうか。宗教離れの人たちも結構いるようです。
    別の宗教もいろいろとあります。
    そんな別の宗教の信者さんたちが訪問にやってきて、
    宗教論争、聖書談義を展開するのでしょうか。

    自分の信じていることに対して異論を吹っかけられると
    人は誰でも自己防衛したくなるのではないでしょうか。

    自分は正しいと信じていたのが何か間違っているとか指摘されたりすると
    自分の存在する立場が揺らいでしまいますからね。


            *  *

    保険屋さんも近所を回っているのでしょうか。
    生命保険に入りませんか、ということでしょうか。
    どこのお宅でも少なくとも車一台はありますし、
    勿論車に関した保険には入っていますよね。

    まあ、保険ビジネスも結構儲かるのでしょうか。
    勧誘員にとっては実績次第では収入は上昇するのみなのでしょう。
    勧誘される側としては説き伏せられたしまったかのような後味の悪い思いに
    させられてしまうのでしょうか。

    だから自分が嫌にならないようにするために
    自分を嫌にさせてくれる人との交渉は持ちたくはないということにもなるのでしょう。


             *  *

    いろいろなものを次から次と購入するのは良いのですが、
    後からどんどんと請求書がやってくる。

    支払い期日を守れなくなった請求書もだんだんと溜まっていくことになるのでしょうか。
    お金が必要になる。
    お金を貸してくれる人がやってくるということになるのでしょうか。
    いわゆる高利貸し?

    新築の家屋を立てたお宅では払い切れないでいる請求書が溜まりに溜まっているのかも。
    払えるようにしてあげますよと便宜を図ってくれる人が訪問しやすい状況なのかもしれませんね。

    とにもかくにも新築住宅地にはいろいろなひとたちが出入りすることになっているのでしょう。
    ビジネス機会がたくさん生じる地帯とも言えますね。

    泥棒さんも虎視眈々と狙って近所を回っているのでしょうか。
    そうかも知れませんね。
    まだ直接面と面とお目に掛かったことがありませんが。
    お互いに面倒くさいことはしたくないものですが。



    そうそう、元に戻ります。
    今度はデジカメ持参でした。
    ドイツ語文の羅列に興味と関心を惹かれたので感心しながら撮ってきました。

    面白いドイツ語が書かれていると思ったのです。
    これは面白い! でもちょっと変だ。

    このお宅では訪れる人たちを取捨選択しているかのようです。

    ますは門前のドイツ語文を掲げて、読める人読めない人を区別する。

    次に読める人であっても理解できる理解できない人を区別する。

    そんな間接的なコミュニケーションをまずは取ることに決めたらしい。

    あなたは我が家を訪れる価値ある人なのか、どうなのか、篩に掛けられるのです。

    もしかしたら理性的には口が利けない人たちが住んでいるのかもしれませんかも。
    一旦口を開くと直ぐにも感情的なってしまう人もいますからね。

    IMG_3948.JPG


    以下、わたしなりに如何ように理解したか、訳してみました。
    あなたにも独日解釈問題です。

    門前にやって来たあなたはどのような思いになるのでしょう。

    門前の小僧、習わぬ経を読む。
    門前の突然の訪問者、只ならぬドイツ語を読まされることに相成る。
    何度となく門前にやってくればそういうことになるでしょう。

    どう解釈したら正しく意味が取れるのでしょうか。
    あなただったらどのように理解しますか。


           *  *

      わたしたちはここでは以下のことを望みます。
      Wir wollen hier:

      Wir  わたしたち、とは? 
      この住居に起居している人たちのこと?

      だれが住んでいるのだろうか。
      ちょっと興味津々とさせてくれるのではないでしょうか。

      hier ここ、とは?
      この門がある場所のこと?
      それとも玄関のこと?
      それとも家の中のこと?

      ここではなく、べつのところでは、といった含みがあるかのようにも読み取れないこともないですよね。


      Wir wollen hier : nichts kaufen.
      ・わたしたちはここでは、何も買いたくはない

      Wir wollen hier : nichts spenden.
      ・わたしたちはここでは、何も寄付したくはない

      Wir wollen hier : unsere Religion nicht wechseln.
      ・わたしたちはここでは、わたしたちの宗教を変えたくはない

      Wir wollen hier : ”Wir sind versichert”
      ・わたしたちはここでは、”わたしたちは保険にはいっていること”を欲っします?

      Wir wollen hier : ”Unserre Rechnungen sind bezahlt”
      ・わたしたちはここでは。”わたしたちの請求書は支払い済みだということ”を欲します?

      ですから> じゃあねえ!?(または、お願いしますね!?)


      一つ目、何も買わないこと、を望みます。
      もう買い物は済んでいるということでしょうか。
      ここでは買うためのお金は持ち合わせてはいませんと言外に示唆しているのでしょうか。


      二つ目、「何も寄付をしないこと、を望みます」ということは
      寄付をしないこともない、と実は書いているのではないでしょうか!?

      三つ目、「わたしたちの宗教は変えないこと、を望みます」
      とはわたしたちの宗教は変えたいと望んでいるのではないでしょうか!?
      言外に自分の宗教を変えることを望んでいるのかも。

      四つ目、「わたしたちは保険に入っていること、を望みます」
      つまり、わたしたちは保険に入っていることを望んでいます、
      ですから保険屋さんがやってきて保険の勧誘をすることを
      歓迎しているのではないでしょうか!?

      五つ目、「わたしたちの請求書は支払い済みであること、を望みます」
      例えば銀行員が訪れてきて、お金を貸してくれることを
      求める広告をしているのではないでしょうか。
      お金を貸してくればわたしたちの請求書は支払い済みにいつかはなることでしょう。

      ドイツ語の列挙的な書き方には無理がありますね。
      あまり良いドイツ語とは言えません、などとわたしは
      宣言してしまいます。

      最初の方では完全文にさせるために nichts 云々
      とリストアップしていますが、4行目に来てはドイツ語文になりません。

      Wir wollen hier dass wir versichert sind.
      といった接続詞つきで理解しやすい文に書き換えてみました。

      この5行目も然り。
      Und wir wollen hier dass unsere Rechnungen bezahlt sind.




      


          *   *

     三日後、川沿いのジョッギングコースへ通じるルート、
     散歩道を先回と同じ時間帯に歩いて行きました。

     確か次のお宅だったかな、
     とドイツ語のお断り書きをもう一度目にすることを期待しながら通り過ぎていきました。

     確かこのお宅ではなかっただろうか。ない、ないもない、
     間違えたのだろうか、たしかこのお宅だった筈なのに。


     それとももっと先のお宅だっただろうかと、先に進んでいったがない。
     そうか、やっぱり通り過ぎてしまったと思われたので後戻りして探した。
     確かこのお宅ではなかっただろうか。

     あのカラフルなドイツ語のお断り書きプレートがない!
     消えてしまっている。

     まるで最初からそんなものはなかったかのような門前風情。
     門の外側にはなにも表示がされていなかった。

     取っ払ったに違いない。
     それとも誰かがイタズラして盗んでいってしまったのだろうか。

     何もなかったかのように門は通せん坊をするかのように閉じられたままだった。
     デジカメを持参しながらの新たな発見の散歩は今回、報われなかった。

     プレートがとにもかくにも取っ払われてしまっていたので
     私としては後から遅れては撮ることができなかった、笑。

     だから最後の詰めということで、もう一度写真を載せようと思いましたが、出来ません。
     写真は撮れませんでした。写真は撮りませんでした。
     家人がプレートを取ったとしても、私としても何としようもありません。
     写真を撮ることさえも出来ませんでした。

     オーストリア人の家主との架空会話→
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    posted by witzler at 03:59 | ウィーン | ドイツ語文法 + その他についての小話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする